行動経済学には「ヒューリスティック」という概念があります。「経験則」と説明されることが多いですが、それだけではちょっと舌足らずです。
また同じくキーワードである「バイアス(認知バイアス)」とヒューリスティックの違いがイマイチピンとこない人も多いのではないでしょうか?
行動経済学におけるヒューリスティックは、「カンタンに解けない複雑な問題に対し、自分でも解けそうなよりカンタンな問題に置き換えて考える思考プロセス」という意味です。
そして、ヒューリスティックは次の3つに大別されています。
三大ヒューリスティック
- 利用可能性ヒューリスティック
- 代表性ヒューリスティック
- アンカリングと調整のヒューリスティック(固着性ヒューリスティック )
この記事では次のことがわかります。
- ヒューリスティックとは何か?
- ヒューリスティックが起こるメカニズムは?
- 認知バイアスはどう違う?
- 3つの代表的なヒューリスティック
この記事を読むだけで、行動経済学における「ヒューリスティック」の基本がサクッと学べます。行動経済学の入口として、ぜひチェックしてみてくださいね。
ヒューリスティックとは?
「ヒューリスティック(heuristic)」または、「ヒューリスティクス(heuristics)」とは…
ある問題に対し、必ず正しい答えを導けるわけではないが、簡略化したやり方を用いて、ある程度のレベルで正解に近い答えを得る方法という意味。
チェスを例に取ってみましょう。各プレーヤーは平均80手で勝敗がつきます。そして一手あたりの平均的な打ち手の選択肢は30に及びます。
つまりプレーヤーの選択肢は「30の80乗」で、これは「10の120乗(120個の「0」がつく!)」に近い数字。天文学的な数字で、人間の脳では(むしろコンピュータでも)正確な最善手の計算は不可能です。
そこで最善とは言わないまでも、ほどほどの計算で辿り着ける良い線いった手を選びます。これがヒューリスティックです。
行動経済学における「ヒューリスティック」
「ヒューリスティック」は、行動経済学の世界ではとっても重要な概念です。
行動経済学で用いられるときは、「人が何らかの意思決定をするときに、完璧な分析はせずに、簡略化した思考で判断する手法」をヒューリスティックと呼びます。
ニュアンス的に「経験則」と同義と言われることが多いのですが、それではちょっと端折りすぎ。間違いではありませんが、それだけだと本質が見えづらいと思います。
よりイメージしやすく伝えるとするならば、「カンタンに解けない複雑な問題に対し、自分でも解けそうなよりカンタンな問題に置き換えて考える思考プロセス」がヒューリスティックです。
このとき、置き換えとして頭の中で作り出した簡単な質問を「ヒューリスティック質問」と呼びます。大抵の場合、ヒューリスティック質問に回答すれば、本来の質問に対しても正解を出せます。
しかしながら、間違うことも往々にしてあります。この間違いが「認知バイアス」を生み出しています(後程解説します)。
行動経済学以外の分野で用いられるケースも
コンピュータ用語では、「間違いが起きない正しいアルゴリズムで計算すると計算時間が膨大にかかってしまうことから、多少の誤差の範囲を認めた近似アルゴリズムで済ます手法」をヒューリスティックと呼びます。
Webサイトのユーザビリティを評価する手法に「ヒューリスティック分析」があります。UI/UXの専門家が、その経験知によってWebサイトやアプリのユーザビリティ(使いやすさ)を評価する分析手法です。
いずれのケースも、行動経済学におけるヒューリスティックのニュアンスにズレがないと分かっていただけたと思います。
なぜヒューリスティックが起こるのか?
たまにとは言え、間違えった判断をしてしまうのに、なぜ人間の脳は「ヒューリスティック」を使って考えるのでしょうか?
理由は、脳のエネルギーを節約するためです。
その秘密は、「脳のシステム1・システム2」にあります(実際に脳が2つに分かれているわけではなく、行動経済学の中で便宜上そのような分け方をしているだけです)。
何か行動をしたり判断をするときは、まず「システム1」で処理し、一部の複雑な問題だけ「システム2」に回されます。
それぞれのシステムは、次のような特徴を持っています。
「システム1」の特徴
- 深く考えず、主に経験則から来る「勘」で答えを出す
- 自動かつ、高速で働き、意識的な努力は必要ない
- 脳のエネルギーはほとんど消費しない
「システム2」の特徴
- 「システム1」では答えを出せない、複雑な計算などの頭を使わなければ解決できない問題を対応する
- 「システム1」の判断が間違っていれば、却下したり、修正したりする
- 熟考するため、脳のエネルギーを多く消費する
「システム2」が全ての意思決定を処理すれば、間違えは起こりづらくなりますが、実態はほとんど「システム1」で完結します。
あなたがしゃべったり、考えたり、歩いたり、頭をポリポリかいたりするのは、全て脳の意思決定の結果。そして、その意思決定の99%以上は「システム1」が処理しています。
このような役割分担になっているのは、脳の努力(負荷)を最小限にするためです。
全てを「システム2」で判断しようとすれば、脳はすぐにガス欠で機能不全に陥ります。ある程度「システム1」が感覚でさばいてバランスを取っています。
「ヒューリスティック」は、脳の負荷を下げるために、簡易な思考で済ませることでしたね。なので、ヒューリスティックは「システム1」の一機能に当たります。
「システム1」と「システム2」の解説記事で、より詳しく解説しています。
ヒューリスティックと認知バイアスの違い
行動経済学には、「認知バイアス」と呼ばれる概念があります。(単に「バイアス」と呼ばれることもあります)
認知バイアスは、多くの人が同じように陥ってしまう「判断ミスのパターン」のことで、100種類以上あると言われています。行動経済学よりも心理学の方が馴染みがある言葉かもしれませんね。
「ヒューリスティック」と「認知バイアス」の違いがわかりづらいので、次のよう覚えておきましょう。
ヒューリスティック | 難しい問題を、カンタンな問題に置き換えて考える思考プロセス。正しく判断ができることが多いが、間違うこともある |
認知バイアス | ヒューリスティックによって起こる判断ミスの中で、特に多くの人が同様に陥ってしまう「あるある」な判断ミス |
というわけで、両者は親子関係にあります。「ヒューリスティック」が親です。
マーケティングなど、実社会で行動経済学を活用する場合は、「認知バイアス」に着目することがほとんど。ですがその根っこには、「ヒューリスティック」があります。
元になった日本史を学ぶことで、大河ドラマの理解が進むように、ヒューリスティックを知ることで、より認知バイアスの解像度が上がります。
三大ヒューリスティックとその具体例
行動経済学には、代表的な3つのヒューリスティックがあります。この3つを押さえておけば、ヒューリスティックを理解したと胸を張って言えるでしょう。
三大ヒューリスティック
- 利用可能性ヒューリスティック
- 代表性ヒューリスティック
- アンカリングと調整のヒューリスティック(固着性ヒューリスティック )
それぞれの概要を見ていきましょう。さらに詳しく知りたい人は、個別記事があるので、そちらもチェックしてください。
①利用可能性ヒューリスティック
「利用可能性ヒューリスティック」とは…自分にとってその情報の引き出しやすさで、確率や程度を判断する思考プロセスのことです。
人は「自分が見たもの・体験したこと」を過大評価しやすい傾向があります。
自分にとって思い出しやすい事柄はよくあることで、自分にとって馴染みがない事柄は世の中でも起きないと考えてしまいます。
具体例:どっちが死亡事故のリスクが高い?
次の問題を考えてみてください。
次のどちらが、事故で死ぬ確率が高いと思いますか?
A:車に乗っているときに死ぬ確率の方が高い
B:飛行機に乗っているときに死ぬ確率の方が高い
「B:飛行機」と思った方が多いと思います。
実際には、飛行機に乗っているときより、車に乗っているときの方が死亡事故に会う確率が高いです。
ほとんどの人は、どちらの事故で死ぬ確率が高いかのデータを持っていません。そのため、問題を「どちらのニュースが思い出しやすいか?」に置き換えて考えています。
車の死亡事故は1年中どこかしらで起こっていて、その都度報道はされませんが、飛行機事故は死亡者数が多いので確実に大ニュースになります。多くの人にとって思い出しやすいのは、飛行機事故の方なのです。
もっと詳しい利用可能性ヒューリスティックの記事はこちらです。
②代表性ヒューリスティック
「代表性ヒューリスティック」とは…代表的・典型的だと思う事柄の発生確率を過大評価してしまう意思決定プロセスのことです。
例えるなら「不良はタバコを吸っていて、バイクに乗っている」というイメージから、「バイクに乗っている人は、タバコを吸っている」と考えてしまうことです。
2018年時点で日本人の喫煙率は「17.9%」なので、全体の喫煙率から見れば、吸っていない確率の方が高そうです。
このようにそのカテゴリーの中で、ステレオタイプに属する事柄の確率を、過大評価して考えることが代表性ヒューリスティックです。
具体例:リンダ問題
代表性ヒューリスティックの実験で、もっとも有名なのが「リンダ問題」です。いろんなところで目にする機会があるので、教養として知っておいて損はないです。
●実験の内容
被験者に、次の文章を読んでもらう。
リンダは31歳の独身女性。外向的でたいへん聡明である。専攻は哲学だった。学生時代には、差別や社会正義の問題に強い関心を持っていた。また、反核運動にも参加したことがある。
その上で、現在のリンダは、以下のどちらの可能性がより高いか答えてもらう。
- A:リンダは銀行員
- B:リンダはフェミニストな銀行員
●実験の結果
結果は次の通りです。
80%超の被験者が、「B:リンダはフェミニストな銀行員」と回答。
「フェミニストな銀行員」は、「銀行員」の一部です。冷静に考えれば、「フェミニストな銀行員」の方が確率が高いことありえないとわかったはずです。
被験者はこの問題を、「リンダの人物像は、『銀行員』と『フェミニストな銀行員』のどちらのステレオタイプに近いか?」という質問に置き換えていたと考えられます。
リンダの人物説明が、フェミニストのステレオタイプに一致することから、被験者は誤った回答を出してしまったのです。
もっと詳しい代表性ヒューリスティックの記事はこちらです。
≫ 代表性ヒューリスティックとは?連言錯誤との関係は?豊富な例で解説
③アンカリングと調整のヒューリスティック(固着性ヒューリスティック)
「アンカリングと調整のヒューリスティック」とは…最初に見た数字や条件が基準となって、その後の判断が無意識に左右されてしまう現象のことです。
単に「アンカリング効果」と呼ばれることも多く、三大ヒューリスティックの中では最もよく知られています。
最初に見た数字や条件を「アンカー」と呼びます。アンカーを出発点として、そこから調整して最終的な判断を下すため、アンカーが変わると判断も変わってしまいます。
具体例:寄付金に関する実験
アンカリングと調整のヒューリスティックは、お金に関する意思決定に顕著に現れます。この実験は寄付をテーマにしたものです。
●実験の内容
- 被験者に、太平洋でタンカー原油流出事故があったと仮定してもらう
- その上で、「タンカー事故の影響で危機に瀕している、太平洋沿岸の海鳥5万羽を救うためにいくら寄付できますか?」と質問する
●被験者グループの条件
グループA
- 質問に回答する前に、「5ドル以上寄付するつもりはありますか?」と聞く
グループB
- 質問に回答する前に、「400ドル以上寄付するつもりはありますか?」と聞く
アンカーを「5ドル」にするか「400ドル」にするかの違いですね。
●実験の結果
結果は次の通りです。
- グループA
:平均20ドル寄付すると回答 - グループB
:平均143ドル寄付すると回答
この被験者たちにとって、寄付金の妥当な範囲は20〜143ドルの間だった考えられます。(被験者だったアメリカ人と日本人では、寄付に関する価値観が違うのは留意のこと)
高い数字がアンカーになっていれば、より高額な寄付をしてくれることがわかります。*ちなみにアンカー質問なしの場合は、平均64ドルという回答でした。
具体例:質問とは無関係なアンカー
ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏が行なった実験です。寄付金の例とは違い、最初に言い渡されるアンカーは、質問の内容と無関係になっています。
●実験の内容
- 被験者を2つのグループに分け、「国連加盟国のうち、アフリカの国は何%を占めるか?」に回答してもらう
- 回答する前に、宝くじの当選発表で使う数字が書いてある円盤で数字を見せる。数字は1〜100だが、細工がしてあり、必ず「10」か「65」で止まるようになっている
●被験者グループの条件
グループA
- 円盤が指した数字は「10」で、その数字を紙にメモしてもらう
- 問題に回答する前に、「国連加盟国に占めるアフリカ諸国の比率は、いま書いた数字より大きいですか?小さいですか?」に答えてもらう
グループB
- 円盤が指した数字は「65」で、その数字を紙にメモしてもらう
- 問題に回答する前に、「国連加盟国に占めるアフリカ諸国の比率は、いま書いた数字より大きいですか?小さいですか?」に答えてもらう
●実験の結果
結果は次の通りです。
- 「10」を見せられたグループA
:回答の平均値は25%
- 「65」を見せられたグループB
:回答の平均値は45%
この実験結果から、問題とは全く関係ない数字でも、アンカリングが成立するということがわかります。
もっと詳しいアンカリングと調整のヒューリスティックの記事はこちらです。
≫ アンカリング効果(固着性ヒューリスティック)とは?豊富な例で解説
まとめ
今回は行動経済学より「ヒューリスティック」を紹介しました。あわせて3大ヒューリスティックも紹介しました。
「ああ、確かにそういう風に考えているかも」と感じもらえたと思います。
ヒューリスティックとは…
- ある問題に対し、必ず正しい答えを導けるわけではないが、簡略化したやり方を用いて、ある程度のレベルで正解に近い答えを得る方法のこと
- 行動経済学では、簡単に解けない複雑な問題に対し、自分で解けそうなより簡単な問題に置き換える思考プロセスを指す
三大ヒューリスティックとは…
- 利用可能性ヒューリスティック
:自分にとってその情報の引き出しやすさで、確率や程度を判断する思考プロセスのこと - 代表性ヒューリスティック
:代表的・典型的だと思う事柄の発生確率を過大評価してしまう意思決定プロセスのこと - アンカリングと調整のヒューリスティック
:最初に見た数字や条件が基準となって、その後の判断が無意識に左右されてしまう現象のこと
もっと細かい内容は、個別の記事をチェックしてみてください。より多くの実験事例を紹介しつつ、ビジネスや実生活での活用方法を解説しています。
ヒューリスティックと認知バイアスの持つ重大な意味
各種ヒューリスティックと認知バイアスは、ほぼ全人類共通の現象です。生まれた国や育った環境によって後天的に起こるのではなく、先天的に起こります。
これは羽虫が光に群がるのと同じ。本能レベルの話です。ホモサピエンスという種は、特定のケースにおいて、条件反射でそう思考するようにプログラムされているのです。
もちろんヒューリスティックも認知バイアスも、意味なく存在するわけではありません。人類の進化における自然淘汰の結果。我々の祖先の生存戦略上、有利だったから受け継がれているのです。
そのためヒューリスティックも認知バイアスも、大抵の場合は問題は起こしません。少なくとも、自然に生活しているだけなら。
しかし脳のエラーを意図的に狙われたとき、我々は無防備になります。怪しげな提案であっても、本能レベルで首を縦に振ってしまうのです。
頭の良い政治家やビジネスマンは、意図して脳のエラーを突いて人々を思い通りに動かします。さも明かりを灯して、羽虫を呼び寄せるように。いともカンタンに。
というわけで我々の脳にはつけ込まれる隙があるわけですが、それは他人につけ込む余地があるという意味でもあります。
利用される側でいるか、利用する側に回るか。もし利用したいと思うなら、ヒューリスティックと認知バイアスをよく理解しておくことをオススメします。
参考書籍
記事内で紹介している実験事例などは、行動経済学でノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏の著書『ファスト&スロー』を参考にしています。
同書は、行動経済学のバイブル的な1冊(上下巻なので2冊ですが)となっています。人生にもビジネスにも、応用できるヒントが目白押しです。
ヒューリスティックは重要テーマとして、上巻の比較的早い段階に登場します。
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本来なら聴き放題の対象になるような本ではないはず。ひょっとしたら、対象外になる日が来るかも…。早めのチェックをオススメします。
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ガンガン読んで、ガンガン知識をつけて周りに差をつけましょう!
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