「利用可能性ヒューリスティック」は、自分にとってその情報の引き出しやすさで、確率や程度を判断する思考プロセスのことです。
行動経済学における重要概念であるヒューリスティック。その中でもメジャーな1つに数えられるのが「利用可能性ヒューリスティック 」です。
新規事業の成功確率は低いと誰もが知っているはずなのに、なぜ自分だけは上手くいくと思ってしまう現象。これは利用可能性ヒューリスティックによるものです。
この記事でわかること
- 利用可能性ヒューリスティックとは何か?
- 日常事例&実験事例
- ビジネスで活用する方法
人間の心理は、ときに理不尽な結果をもたらします。利用可能性ヒューリスティックもその一つです。賢く仕事に活かしていきましょう。
利用可能性ヒューリスティックとは?
利用可能性ヒューリスティック(availability-heuristic)とは…
自分にとってその情報の引き出しやすさで、確率や程度を判断する思考プロセスのことです。
心理学や行動経済学の用語です。
この説明だと杓子定規で、ちょっと伝わりづらいですね。
カンタンに言えば、
- 自分にとって思い出しやすい事柄は、よく起きること。みんなもよく知っているはず
- 自分にとって馴染みがない事柄は、世の中でもあまり起きない。みんなもよく知らないはず
と考えてしまう傾向のことです。
多少誤解を恐れずにイメージを伝えてみようと思います。
小さい子供は、「〇〇ちゃんと遊んだの!」「〇〇市民プールに行ったの!」みたいな感じで、当たり前のように自分しか知らない固有名詞を会話に挟んできます。
聞いている方は、「〇〇ちゃんって誰?」「〇〇市民プールってどこ?」と心の中でツッコミを入れたくなりますね。
子供にとっては、自分の身の回りが世界の全てなので、当然のように相手も「〇〇ちゃん」や「〇〇市民プール」を知っていると思っているのです。
子供がこのように考える思考プロセスは、「利用可能性ヒューリスティック」によるものです。
もちろんコミュニケーションとしては間違いですね。利用可能性ヒューリスティックで思考した結果、エラーが発生してしまっています。
小学校高学年にもなれば、もっと広い世界があることを知り、自分しか知らない固有名詞で話すことはなくなります。知識によってエラーは解消されます。
大人になって分別がついたと思っても、人間は誰しも狭い世界の中で生きています。より高度な形で、大人も利用可能性ヒューリスティックによるエラーを起こしています。そしてそれに気づいていないのです。
そもそも「ヒューリスティック」って何なの?
「ヒューリスティック(heuristic)」は、一般的な用語ではないので、ほとんどの人にとって聞きなれないと思いますが、行動経済学では非常に重要な概念です。
超端的に言えば、カンタンに解けない複雑な問題に対し、自分で解けそうなよりカンタンな問題に置き換えて考える思考プロセスのことです。
脳は考える度にエネルギーを消費しますが、エネルギーは有限です。節約しないとすぐにガス欠になって、使い物にならなくなります。
そうならないために、脳は深い思考が必要じゃないシーンでは、経験則と直感を使ってなるべく深く考えないようにしています。
ヒューリスティックで出した回答は、日常生活の大抵のシーンでは問題ないのですが、しばしば間違った判断をしてしまいます。
ヒューリスティックをもっと詳しく知りたい人は、こちらもチェックしてみてください。
≫ ヒューリスティックとは?バイアスとの違いは?具体例で解説
例題で学ぶ利用可能性ヒューリスティック
例題を通して、利用可能性ヒューリスティックを理解しましょう。
次の問題を考えてみてください。
日本では、次のどちらが軒数が多いでしょうか?
A:コンビニエンスストア
B:歯医者
どうでしょうか?
第一印象はコンビニですよね。裏をかいて歯医者と思った人もいると思いますが、やはりパッと浮かんだのはコンビニだと思います。
業界の人じゃない限り、正確な数字はパッと出てこないと思います。大マジメに計算するとちょっと難しいですね。
この問題に直面した人の脳は、「自分がどっちに行った数が多いか?」または「どっちを見かけることが多いか?」という問題に置き換えて考えます。
その結果、「コンビニ」と答えます。(実際には歯医者の方が多いのですが)
利用可能性ヒューリスティックの日常事例+実験事例]
「利用可能性ヒューリスティック」に遭遇するケースは、日常生活でも頻繁にあります。というわけで例もたくさんあります。
その一部を紹介するので見ていきましょう。誰しも絶対心当たりあるはずです。
事例①:ニュースで見たことは良く起こること
次の問題を考えてみてください。
次のどちらが事故で死ぬ確率が高いと思いますか?
- A:車に乗っているときに死ぬ確率の方が高い
- B:飛行機に乗っているときに死ぬ確率の方が高い
「B:飛行機」と思った方が多いと思います。
実際には、飛行機に乗っているときより、車に乗っているときの方が死亡事故に会う確率が高いんです。意外に思った人が多いのではないでしょうか。
ほとんどの人は、どちらの事故で死ぬ確率が高いかのデータを持っていません。そのため、問題を「どちらのニュースが思い出しやすいか?」に置き換えて考えています。
車の死亡事故は年中どこかしらで起こっていて、その都度報道はされませんが、飛行機事故は死亡者数が多いので確実に大ニュースになります。多くの人にとって思い出しやすいのは、飛行機事故の方なのです。
政治家は悪人が多い?ホント?
政治家は税金でご飯を食べているので、悪いことをするとすぐニュースになります。なんだか政治家はみんな腹黒くて、裏で悪いことしているイメージを持っている人もいるかもしれません。
たしかに政治家の汚職事件をよく目にしますが、一般国民と比べて、政治家は特別に悪意を持った人たちが多いのでしょうか?
きっとそうではありません。一般人の不祥事は、余程じゃない限り公表されませんが、政治家は些細なことでも即ニュースです。不祥事のニュースを思い出しやすい政治家は、悪い人が多いと錯覚しているだけです。
芸能人はよく離婚する?ホント?
芸能人はよく離婚するイメージありますよね。芸能人はそんなに無節操に結婚をしているのでしょうか?
芸能人も一般人と同じ程度に離婚はするでしょうが、芸能人の場合はいちいち報道されるので、どうしても離婚話を聞く機会が多くなります。
その一方で、狭い交友関係の中では、離婚話はそこまで頻繁に出てきません。芸能人の離婚話と同じくらい知人の離婚話が耳に入る人は、よほど交友関係が広い人でしょう。
芸能人の離婚話の方が思い出しやすいだけで、「芸能人って考えなしに結婚する人が多いのかしら?」と思ってしまうのです。
事例②:夫婦間の家事負担に関する実験
夫婦間の家事負担を取り上げた面白い実験もあります。
実験の内容
複数の夫婦を被験者として、夫と妻それぞれに次のような質問をします。
- 「自身の家の掃除の貢献度は何%ですか?」
- 「ゴミ出しの貢献度では何%ですか?」
実験の結果
実験の結果、夫婦が申告する合計の貢献度はことごとく100%を超えました。
合計100%になっていれば、夫婦が自己申告する貢献度が、事実に沿っていることになります。ですが、そうはなりませんでした。
自分のやった家事は、相手のやった家事よりはるかにはっきり思い出せます。その思い出しやすさから、自身の貢献度を高く見積もってしまったのです。
このような、無自覚に自分の視点で物事を考え、相手の視点を考慮しない傾向は「自己中心性バイアス(egoistic bias)」と呼ばれています。
自己中心性バイアスは、利用可能性ヒューリスティックによって起こる認知バイアス。思慮が足りないと、大人でも陥ってしまいがちです。
≫【大人になれない君へ】自己中心性バイアスとは?克服できればこんなに得をする!
事例③:思い出しやすさを操作した実験
ドイツの心理学者であるノーバート・シュワルツらが行った実験です。非常に面白い結果が出ています。
実験の内容
- 被験者を2つのグループに分け、それぞれに指定されたタスクをこなしてもらう
- タスクを終えたあとで、「自分はどの程度自己主張が強いか」の自己評価をしてもらう
被験者グループの条件
グループAのタスク
- 事前に、これまで何か強く主張した例を「6個」書き出してもらう
グループBのタスク
- 事前に、これまで何か強く主張した例を「12個」書き出してもらう
実験の結果
結果は次の通りです。
強く主張した経験を「6個」書き出したグループAの方が、自身をより自己主張が強いと評価した
この結果を考察してみましょう。
グループAの人は、「6個」程度であれば具体例がたやすく思い出せたはずです。その感覚から、脳が「なるほど、確かにわたしは自己主張が強いようだ」と判断しています。
グループBの人は、12個もの具体例となると、なかなか思い出せないません。その感覚から、「そうか、わたしはどうやら自己主張が強い方ではないようだ」と判断しています。
事例④:自分が経験したことは良くあること
身内を脳卒中で亡くした人は、脳卒中は実際の数字よりたくさん起こると思うでしょう。空き巣に入られた経験がある人は、泥棒が実際よりもたくさんいると思うでしょう。
自分が経験したことは、より鮮明に記憶に焼きつきます。その思い出しやすさから発生確率を過剰に見積もることになります。
自分が当選した抽選は、他の人も当選している?
わたしは趣味でスニーカーをよく買うのですが、レアなスニーカーはネット抽選に応募しています。これがなかなか当たらないんです。
当たった人がSNSで投稿しているのを見ると、「当たった!今回は足数多いみたいね」という書き込みを良く見ます。自分が遭遇したことは良くあることだと思ってしまうのです。
え、あの店って県外には無いの?
地方のローカルチェーン店が全国にないことを知って、驚く人がよくいますよね。
自分が良く通っているお店は、日本全国のみんなも同じようによく通っていると思ってしまうのです。
利用可能性ヒューリスティックを仕事に活かす方法 5選
「利用可能性ヒューリスティック」なんぞやはもうバッチリですね。続いて、利用可能性ヒューリスティックを仕事で活用するためのヒントを紹介していきます。
活用①:できる仕事から手をつけようとしていないか?
「まずはできることからやろう」と、具体的な作業が思い出しやすい仕事から、とりあえず手をつけた経験ありますよね。
あとになって「この作業って意味なかったんじゃ…?」となった経験も同様に多いと思います。
ゴールを決めないで、とりあえず思い出しやすい仕事から手をつけていると、見当違いなことをしている可能性があります。
作業を始める前に、
- この仕事は何のためにするんだろう?
- どうなったら終了になるんだろう?
- 終了させるまでには、何をしなければならないんだろう?
と自身に問いかけましょう。
もしかしたら、最初に手をつけようとした仕事は、今やるべきことではないかもしれません。若手や仕事ができない人にありがちなので注意しましょう。
活用②:プロジェクトは最初にリスクを洗い出す
プロジェクトには、リスクがつきものです。
プロジェクトによくあるアクシデント
- 思いがけない外部から横槍が入る
- パートナー企業の見込み違いで大失敗する
- 想定外の出費があって、予算が足りなくなる
ですが、これからプロジェクトで良いことをしようと思っているときに、リスクのような悪いことは頭から抜けてしまいがちです。
把握していないリスクは思い出しようがないので、プロジェクトが順調に進んでいるときほど、リスクを過小評価する傾向があります。
スタートアップや新規事業が、失敗の確率が高いのに自分たちは順風満帆だと錯覚してしまう原因はここにあります。
対策は「死亡前死因分析」
利用可能性ヒューリスティックによるリスク軽視対策には、「死亡前死因分析」が使えます。やり方はとってもカンタン。
プロジェクトが始動する前に、「1年後、このプロジェクトがローンチしたら思いっきり失敗していた。それはどんな理由か?」を関係者全員で話しあうだけです。
リスクを全員が認識して進めるだけで、失敗する確率を30%も減らせるという論文もあります。ぜひ実践しましょう。
活用③:上司が納得しないときは、現場に連れていく
上司が現場の悩みをなかなか理解してくれないことってありますよね。わたし自身も営業をしていた頃に経験があります。
諸般の理由で契約してくれないお客さんがいるのですが、報告しても上司はなかなか理解してくれません。「なんで契約できないんだ?」「こう言えば済む話じゃないのか?」と、突き返されてしまいます。
こういうときは、上司を現場に連れていって雰囲気を体感させれば、すんなり理解してもらえます。
現場を体験してもらえれば、「あの人は確かに扱いが難しいな。ちょっと間を空けようか」と態度が180度変わることもよくあります。これも一つの営業スキルですね。
活用④:落ち込んでいる部下のモチベーションアップ
失敗して落ち込んでいる部下には、こう声をかけてあげましょう。「これまで失敗してどうにもならなかった経験があるか?」と。
どうにもならない失敗なんて基本的に起きないんですよね。起きていたら普通に働けてないですから。
元GMOグループで働いていた人に聞いたのですが、社内の言葉に「あなたに解決できない問題は、そもそもあなたには起こらない」があるそうです。確かにその通りですね。
- 立ち直れない失敗の経験を思い出せない…。
↓ - ん?そんな酷いことって滅多に起きないのかな…?
↓ - そうか、今回もきっと大丈夫だ…!
という思考になって、少し元気が出てくるはずです。
活用⑤:単純接触効果を使う
「単純接触効果」は、利用可能性ヒューリスティックによって起こる認知バイアスです。
単純接触効果とは、繰り返し見聞きした物や人を好きになってしまうという心理現象です。ちなみに接触した時間は関係ないので、短い時間でもOKです。
営業であれば、頻繁にコンタクトを取ってお客さんから愛されるようになりましょう。マーケティングであれば、SNSやブログ、広告を駆使して社名やサービス名の露出回数を増やしましょう。
≫ 【あの営業マンが売れる理由】単純接触効果とは?営業&マーケティング活用例を解説
まとめ
今回は行動経済学より「利用可能性ヒューリスティック」をご紹介しました。
利用可能性ヒューリスティックとは…
- 自分にとってのその情報の引き出しやすさで、確率や程度を判断する思考プロセス
- 思い出しやすい事柄はよくあることで、自分にとって馴染みがない事柄は世の中でも起きないと考えてしまう
利用可能性ヒューリスティックによって起こること
- ニュースで取り上げられることは、良く起こることだと錯覚する
- 自身で経験したことは、よくあることだと錯覚する
- 気づいてないリスクは思い出しようがなく、リスクを軽視する傾向がある
視野の狭い人ほど、自分の狭い経験から物事を判断しています。自分を客観的に見るクセをつけて、利用可能性ヒューリスティックで間違えを犯さないようにしましょう。
参考書籍
記事内で紹介している実験事例などは、行動経済学でノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏の著書『ファスト&スロー』を参考にしています。
同書は、行動経済学のバイブル的な1冊(上下巻なので2冊ですが)となっています。人生にもビジネスにも、応用できるヒントが目白押しです。
「利用可能性ヒューリスティック」は上巻に収録されています。
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そして読書は、早く始めた人が圧倒的に有利。本は読めば読むほど、複利のように雪だるま式に知識が蓄積されていくからです。
ガンガン読んで、ガンガン知識をつけて周りに差をつけましょう!
とりあえず両方試してみて、それぞれのラインナップをチェックするのがオススメです!