「自分が売るときは高く売る、自分が買うときは安く買う」。こんな都合の良いことがあり得るのでしょうか?
「アンカリング効果」を使えば、できるかもしれませんよ?
アンカリング効果とは、最初に見た数字に無意識に引きづられて、その後の意思決定が左右されてしまう現象です。ビジネスとの相性が良いのが特徴で、業績アップだけでなく、残業削減にも使えてしまいます。
この記事では次のことがわかります。
- アンカリング効果とは?
- アンカリング効果の実験事例×3発
- アンカリング効果を営業やマーケティングで活用する方法
汎用性はバツグン。そして明日から使えるくらいカンタン。特に交渉ごとが多い営業マンや、販売単価を上げたいマーケッターは要チェックです。
アンカリング効果とは?
アンカリング効果(anchoring-effect)とは…
最初に見た数字や条件が基準となって、その後の判断が無意識に左右されてしまう現象のことです。
心理学や行動経済学の用語です。
最初に見た数字や条件を「アンカー」と呼びます。ちなみに”anchor(錨)”が語源になっています。
アンカーを出発点として、そこから調整して最終的な判断を下すため、アンカーが変わると判断も変わってしまいます。
いくつか呼び名があり、
- 係留効果
- アンカリングと調整のヒューリスティック
- 固着性ヒューリスティック
とも呼ばれています。とはいえ「アンカリング効果」と呼ばれることが多いと思います。
ヒューリスティックとは?
アンカリング効果は、「ヒューリスティック(heuristic)」の一つです。ヒューリスティックは、行動経済学において非常に重要な概念です。
超端的に言えば、真面目にいちいち考えていたら面倒な問題を、もっと簡単な問題に置き換えて考える思考プロセスのことです。
脳は考える度にエネルギーを消費しますが、エネルギーは有限です。節約しないとすぐにガス欠になって、使い物にならなくなります。
そうならないために、脳は深い思考が必要じゃないシーンでは、経験則と直感を使ってなるべく深く考えないようにしています。
ヒューリスティックで出した回答は、日常生活の大抵のシーンでは問題ないのですが、しばしば間違った判断をしてしまいます。
ヒューリスティックをもっと詳しく知りたい人は、こちらもチェックしてみてください。
≫ ヒューリスティックとは?バイアスとの違いは?具体例で解説
例から学ぶアンカリング効果
例題を使ってアンカリング効果を学んでいきましょう。
まず、次の問題を考えてみてください。
ガンジーの年齢に関する次の2つ質問に答えてください。
- ガンジーは114歳より長く生きたと思いますか?
- ガンジーは何歳で亡くなったと思いますか?
ほとんどの人は、ガンジーさんが何歳まで生きたか知らないですよね。
大真面目に考えたら、ガンジーが生きていた国(ちなみにインド)、生きていた時代の平均年齢から割り出したりと、かなり面倒です。
このとき人間の脳は、問題をシンプルにするために、
114歳を出発点にして、どれだけ増減の調整をすると妥当な年齢になるか?
という問題に置き換えて考えます。
「んー、ガンジーって少し昔の人でしょ?100歳は長生き過ぎだから、90歳くらい?」という風に考えませんでしたか?
114歳という出発点が、頭の中の錨(アンカー)となって、そこから調整して最終的な答えを導きだしています。
アンカーが変わると答えが歪む
先ほどのガンジーさんの問題を、次のように変更してみましょう。
ガンジーの年齢に関する次の2つ質問に答えてください。
- ガンジーは35歳より長く生きたと思いますか?
- ガンジーは何歳で亡くなったと思いますか?
すでに上の問題を見てしまった後なので、イメージしづらいかもしれませんね。もし初見の人であれば、上の問題よりずっと若い年齢を答えることになります。
「35歳は若過ぎだな。おじいちゃんの写真見たことあるぞ。70歳までは生きていたんじゃない?」と、35歳をアンカー(出発点)にして、そこから調整して答えを出そうとします。
なぜアンカーが変わると答えが変わるのか?
アンカー(出発点)の違いから答えが変わってしまう理由は、「不確実な範囲」があるからです。
ガンジーが亡くなった年齢を知らない限り、妥当と思われる範囲から年齢を推測しなければなりません。
- 見た目はおじいちゃんだから70歳は超えている
- でも100歳は当時の寿命を鑑みると、ちょっと非現実的
という考えから、だいたい70〜90歳の範囲までは絞れますが、この先は不確実です。
下記イメージのように、アンカーから調整していき、不確実な範囲に差しかかかったところで調整をストップします。
35歳がアンカーの場合
- 「35歳」から増やして調整
- 「70歳」で不確実な範囲に突入し、そこで調整をストップ
114歳がアンカーの場合
- 「114歳」から減らして調整
- 「90歳」で不確実な範囲に突入し、そこで調整をストップ
その結果、アンカーに引きづられて最終的な答えが変わってしまうのです。
ちなみにガンジーが亡くなった年齢は78歳です。
アンカリング効果の実験事例 3連発
実際にあった3つの実験結果から、アンカリング効果の理解をさらに深めましょう。
いずれもノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏の著書『ファスト&スロー』に出てくる事例です。(ちなみに、上のガンジーの例も同書を参考にしています)
実験事例①:寄付の金額が7倍になった実験
アンカリング効果は、お金に関する意思決定に顕著に現れます。この実験は寄付をテーマにしたものです。
実験の内容
- 被験者に、太平洋でタンカー原油流出事故があったと仮定してもらう
- その上で、「タンカー事故の影響で危機に瀕している、太平洋沿岸の海鳥5万羽を救うためにいくら寄付できますか?」と質問する
被験者グループの条件
グループA
- 質問に回答する前に、「5ドル以上寄付するつもりはありますか?」と聞く
グループB
- 質問に回答する前に、「400ドル以上寄付するつもりはありますか?」と聞く
アンカーを「5ドル」にするか「400ドル」にするかの違いですね。
実験の結果
結果は次の通りです。
グループA
- 平均20ドル寄付すると回答
グループB
- 平均143ドル寄付すると回答
この被験者たちにとって、寄付金の妥当な範囲は20〜143ドルの間だった考えられます。(被験者だったアメリカ人と日本人では、寄付に関する価値観が違うのは留意のこと)
高い数字がアンカーになっていれば、より高額な寄付をしてくれることがわかります。
*ちなみにアンカー質問なしの場合は、平均64ドルという回答でした。
実験事例②:裁判官の判決まで変わってしまった実験
もし自分が裁判を受けたときを想像してみてください。裁判官が言い渡す刑期がアンカリングの影響を受けていたら、ものすごく嫌ですよね。
それが現実に起きてしまうことを証明した実験があります。
実験の内容
- 平均で15年キャリアを持つドイツの裁判官に、万引きで逮捕された女性の調書を読んでもらう
- その上で、自分が裁判を担当するとしたら、刑期をどれくらいにするか答えてもらう
実験の条件
- 回答の前に、2個のうちどちらかのサイコロを選んで振ってもらう
- 2個のサイコロには重りがついており、「3」か「9」の目しか出ない
- 「この女性の刑期は、サイコロの出た目×月数より、長くするべきですか?短くするべきですか?」と聞く
- その上で、万引きした女性の妥当な刑期を回答してもらう
先程の寄付金とは違い、サイコロの目という裁判の刑期とは全く関係ない数字がアンカーになっています。
実験の結果
結果は次の通りです。
サイコロが「3」だった裁判官
- 平均5ヶ月の刑期と回答
サイコロが「9」だった裁判官
- 平均8ヶ月の刑期と回答
「倫理的にどうなの?」と思わずにはいられない結果ですね。
しかも、サイコロの目は、刑期とは無関係な数字です。無関係な数字でもアンカリングの影響を受けてしまうことがわかります。
実験事例③:「お一人様〇〇点まで」で2倍売れた実験
スーパーマーケットで行われた実験です。マーケティングにそのまま活用できる内容です。
実験の内容
- アイオワ州のとあるスーパーで、スープ商品の10%OFFセールを行った
- プロモーションの張り紙を2種類用意し、売上個数の差を観測した
実験の条件
実験期間の前半
- 「お一人様12個まで」という張り紙を出した
実験期間の後半
- 「お一人様何個でもどうぞ」という張り紙を出した
前半は「12個」のアンカーがあり、後半はアンカーなしという対比になります。
実験の結果
結果は次の通りです。
「お一人様12個まで」と購入数を制限した日は、平均で7缶の購入で、制限しなかった日の約2倍となった。
購入制限があると、すぐに売り切れて、もう買えなくなるという心理も働いたかもしれません。
とはいえ、「12個」はいい加減な設定だったにも関わらず、しっかりアンカリング効果が発揮されています。
アンカリング効果を仕事に活かす方法 3選
「アンカリング効果」のなんぞやはもうバッチリですね。続いてアンカリング効果をビジネスで活用するヒントを紹介します。
活用①:自分が出す見積りは高めから、購入の希望価格は安めから
見積を出すときは高めから
- 営業が出す見積り
- 店舗の商品の値付け
など、自分が売るものに値段をつけるときは、まずは高めの値段でふっかけましょう。
買い手には、「お買い得な値段」〜「高くても買う値段」の幅があります。
この幅のどこかで買うわけですが、最初を高めにふっかけておけば、上限の価格で購入してもらえる可能性が高くなります。
アコギなやり方ではありますが、実際に効果的なやり方です。
購入の希望価格は安めから
逆に自分が購入する側のときは、希望価格はぐっと安くしましょう。
売り手には、「ギリギリ値下げしてもいい値段」〜「売りたい値段」の幅があります。最初に安くアンカリングしておけば、安く購入できる可能性が高くなります。
ただし、常識から逸脱した値段でふっかけると、相手を怒らせて交渉決裂になる場合があるのでご注意を。
活用②:自分の納期は長めに、他人への納期は短めに
仕事の納期にも幅があります。「余裕をもって完遂できる納期」〜「めちゃくちゃ頑張って縮められる最短納期」です。
自分が仕事を引き受けるときは、なるべく長めの納期を見せて、そこから交渉としましょう。納期に余裕が出て、残業を減らせます。
逆に相手に仕事をお願いするときは、「できればなんですけど、、、〇〇営業日(かなり短め)ってありえますか?」と下から聞いている風を装って、短納期へアンカリングしましょう。
これもやりすぎると怒られる(というか嫌われる)ので要注意です。
活用③:即決価格・参考価格・参考上代
ネットオークションでは、即決価格をつけることで、自分が売りたい価格近くまで釣り上げる効果が期待できます。
美術品のオークションにも予想落札価格という数字があります。同様に入札者の金額を釣り上げる効果があります。
オークション形式ではないにしても、参考価格や参考上代を見せた上で、安い値段を掲載することでアンカリング効果が期待できます。
参考価格で高めの価格にアンカリングされるので、実際の値段がさらに安く見えます。
【コツ】アンカリングは先手必勝!
フリーマーケットの値下げ交渉を思い出してみてください。最初に言われた価格がアンカーになって、以降の交渉がスタートします。
そのため、納期や値段を交渉するときに、相手の希望をまず聞くスタンスはナンセンスです。「まずは、参考見積もり出しますね!」と、ちゃっかり先制アンカリングするのがGOODです。
相手に先手を取られたときの対処法
先に相手から見積を出されてしまったときは、高すぎる金額を提示されることもあるでしょう。負けじとメチャクチャ安い金額でアンカリング返ししたくなりますが、これはNG。
お互いケンカ腰になって交渉が決裂します。もし相手の先制アンカリングを打たれてしまった場合は、そのまま交渉を続けるのではなく、一度交渉を仕切り直します。
「そのアンカリングから交渉を進めるつもりはない」と意思表示しましょう。「あ〜、その金額は難しいですね。今回はご縁がなかったということで。」みたいな感じでしょうか。
演技で少し怒ったふりをするのもアリです。
まとめ
今回は行動経済学より「アンカリング効果」をご紹介しました。
価格交渉や納期交渉で活用できるので、営業マンには便利なテクニックですね。なるべく高単価で買ってもらうためのマーケティングでも活用できます。
アンカリング効果とは…
- 最初に見た数字や条件が基準となって、その後の判断が無意識に左右されてしまう現象のこと
- 最初に見た数字や条件が高いか安いかによって、答えが大きく変わってしまう
- サイコロの目のような全く関連のない数字でもアンカリング効果は起こる
アンカリング効果のビジネス活用方法
- 見積りは、まずは高めに出す。希望価格は、まずは低めに伝える
- 自分の納期は長めに申告する。他人への納期は短めにお願いする
- 即決価格・参考価格を見せる
- アンカリングは先手必勝。先手を取られたら交渉を仕切り直す
交渉テクニックとしてはかなり使いやすい部類なので、ぜひ意識して使ってみてください。
参考書籍
記事内で紹介している実験事例などは、行動経済学でノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン氏の著書『ファスト&スロー』を参考にしています。
同書は、行動経済学のバイブル的な1冊(上下巻なので2冊ですが)となっています。人生にもビジネスにも、応用できるヒントが目白押しです。
「アンカリング効果」は上巻に収録されています。
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