初対面の人と話すとき、新しいスマホアプリを触ったとき、誰しもある程度うまく処理できます。初対面の人に「おまえ」と言うこともなければ、アプリの閉じ方がわからないこともありません。
これは「メンタルモデル」のおかげです。メンタルモデルが、過去の経験からあたりをつけてくれるからです。経験則と言ったほうがイメージしやすいかもしれませんね。
メンタルモデルは優秀な機能ですが、固定観念となって、あなたの自由な発想を縛る元凶にもなります。
この記事では、メンタルモデルとの上手な付き合い方から、メンタルモデルを克服して自由な発想を手に入れる方法を解説しています。
人の心をメタ的に理解して、上手に世渡りしたい人は最後までチェックしてみてください。
メンタルモデル≒固定観念
メンタルモデル(mental model)とは…
人間が無自覚のうちに対象に持っているイメージや先入観のこと。認知心理学の用語です。固定観念と言った方がしっくりくるかもしれません。
人は何かを思考するとき、0から考えるわけではありません。過去の経験から該当するメンタルモデルを引っ張ってきて、思考する選択肢を足切りします。
初めて遭遇する人やモノであっても、似たようなケースのメンタルモデルが捌いてくれるので、ある程度うまく処理することができます。
「あいさつ」を例に考えてみましょう。
日本語のあいさつはバリエーション豊かです。
「こんにちは、おつかれさま、おっす、チョリーっす、よっ」など。砕けた表現まで含めればかなりの数の選択肢になります。
ですが誰かにあいさつするとき、全ての選択肢を吟味するわけではありません。
初対面であれば、「初めて会う人に砕けたあいさつは失礼だ」というメンタルモデルが発動し、不適切な選択肢を足切りします。
残った「はじめまして」「こんにちは」といった、まともな選択肢から選ぶことになります。
脳がこのような働きをする理由は、リソースの節約のためと考えられます。
脳が使える集中力には限りがあります。いちいち0から思考していては燃費が悪いので、当たりをつけて考える範囲を狭めているのです。
初めて見る大きさ・素材のボトルでも、パッと見の構造がペットボトルと同じなら、「キャップを捻れば開けられるんじゃない?」とメンタルモデルが教えてくれるわけです。
メンタルモデルは特定のケースで見られる心理現象ではなく、あらゆる思考に共通する広範な現象です。
ヒューリスティックとほぼ同じ概念
メンタルモデルとよく似た概念に、行動経済学の「ヒューリスティック」があります。
ヒューリスティックとは、「簡単に解けない複雑な問題に対し、自分で解けそうなより簡単な問題に置き換えて考える思考プロセス」のことです。
真面目に考えたら大変なので、自分が答えやすい簡単な問題にすり替えて、答えを出しているのです。要するに経験則で、答えをパッと出してしまうのです。
たとえば「天気予報で降水確率50%だったときに、傘を持っていくべきか?」という問題を、「今の空は雨が降り出しそうか?」という問題にすり替えていていませんか?
脳のリソースを節約するために、思考を簡素に済ませるという点で、メンタルモデルと同じような概念であると考えられます。
≫ ヒューリスティックとは?バイアスとの違いは?具体例で解説
メンタルモデルを体験してみよう
試しにメンタルモデルが如何に根深いものか、体験してもらおうと思います。
冥王星に1種類だけ生物が存在することが確認されました。
その生物は一体どんな生物でしょうか?
絵に描いてみてください。正解はないのでどんな形をしていてもOKです。
といってもこの記事を読んで、ホントに絵を描く人はいないと思います。
ざっくり頭の中で生物を思い浮かべてみてください。
できましたね?
どんな形の生物を描いた(または思い浮かべた)のでしょうか?
- 人間のような二足歩行の形?
- それともライオンのような四足歩行?
- あるいはミミズのような形でしょうか?
おそらく多くの人は、確かに新しい生物ではあるけど、地球にいる何かの生物の特徴が反映されているのではないでしょうか?
目や鼻は描きましたか?もしかしたら地球の多くの動物のように、目は2個、鼻の穴も2個で描きませんでしたか?必ずしもこの生物に目や鼻があるとは限りませんが。
あなたは生物に関してメンタルモデルを持っています。ペガサスや龍のような想像上の生き物や、妖怪やモンスターですら、実在する動物の特徴を組み合わせてできています。
メンタルモデルの影響を一切受けずに思考するのが如何に困難か、わかっていただけたのではないでしょうか。
【こんなところにも】メンタルモデルの例
メンタルモデルは、過去の体験によって形作られます。育ってきた環境が異なれば、もちろん持っているメンタルモデルも異なります。
その一端を見ていただきましょう。
事例①:タコを食べる日本と気持ち悪がる海外
日本人はタコを食べます。しかし欧米では一部の国を除きタコを食べません。タコは「デビルフィッシュ」と呼ばれ、気持ち悪がられています。食べるなんてとんでもない話です。
同じタコを見ても、日本人は「おっ、タコの刺身いいね!」と食欲を掻き立てられるのに対し、欧米人は「おえっ」とむしろ食欲をなくしてしまうのです。
食べ物系のメンタルモデルの違いは、他にもたくさんあります。
日本では生の魚をよく食べますが、他の国ではあまり食べません(最近は寿司がメジャーになったので食べられるようになってきましたが)。
犬を食べる国に対し、日本人のメンタルモデルは即座に嫌悪感を抱きます。しかしながら海外から見れば、タコを食べている日本人も大差ないのかもしれません。
事例②:多神教の日本と一神教
多神教の国である日本人からすると、キリスト教やイスラム教の人が、異教徒に対して血生臭い行動を取る(あるいはかつて取っていた)ことを不思議に感じます。
「なぜ宗教を理由に他人を攻撃したり、迫害したりする必要があるんだろう?」と。実はこの考え方は多神教国家の人が持っているメンタルモデルなのです。
日本には神道という土着の多神教があります。中国や韓国などの東アジアは、基本的に多神教国家です。そこに仏教や儒教が混ざった形になっています。
多神教はよその宗教の神様にも寛容です。いろんな神様がいる世界観なので、「隣人がどの神様を信じていようが別にいいんじゃない?」というスタンスなのです。
しかしながら一神教の人からすれば、神は1つだけ。隣人が他の神を信じているということは、自分の神が否定されていることになってしまうのです。これが一神教の人が持つメンタルモデルなのです。
かつての「カトリックvsプロテスタント」や、「シーア派vsスンニ派」の対立は、一神教の信者にとってはアイデンティティに関わる問題です。多神教のメンタルモデルで理解するのは難しいと言えるでしょう。
事例③:日本の城と中国の城
日本で「お城」と言えば、大阪城や姫路城のような、塔のようにそびえ立って、天守閣がある建物をイメージします。これが日本人が持つお城のメンタルモデルです。
ですが中国人の「お城」は全く違います。中国人にとって「城」は、「城壁で囲った都市」を意味しています。日本でいうところのお城のイメージは、中国では要塞に相当します。
中国は島国日本とは違い、地続きに隣国がありました。隣国との境目には、両国の交易拠点ができます。交易で貯まったお金を狙う輩が出てくるので、街は城壁でグルッと囲われました。
これが中国のお城なのです。北京の紫禁城はキレイに城壁で囲われています。真ん中の大きい建物がお城なのではなく、城壁で囲われているエリア全体でお城なのです。
日本人のメンタルモデルからすると、「万里の長城」はお城っぽくありませんが、中国人のメンタルモデルではまさに長いお城そのものなのです。
ビジネスにメンタルモデルを活かす方法
メンタルモデルは特定のシーンを選ぶような現象ではないので、「具体的にココ!」というわかりやすい活用シーンはありません。
ただメンタルモデルを意識すると、少しビジネスがしやすくなります。代表して4つのシーンを紹介します。
活用①:メンタルモデルをデザインに活かす
メンタルモデルがよく取り上げられるのが、デザインやUI/UXの世界です。ユーザーの負担を最小限にするために、直感的に操作できるデザインを採用します。
人間には慣れ親しんだメンタルモデルがあります。
ドアを開けて部屋に入ったら真っ暗でした。
そのときほとんどの人は、手を肩の高さくらいまで上げ、右っ側の壁をツーっと触っていき、スイッチを探すでしょう。
もしそこにスイッチがなければ、不安になります。
デザインの狙いは、ユーザーが迷わずに目的を達成することにあります。見た目の美しさや独創性ではありません。迷わせないためには、メンタルモデルの理解が欠かせません。
例えば、次の文字を見てください。
古池や蛙飛び込む水の音
柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺
青字+アンダーラインは「リンク」、紫なら「一度踏んだリンク」と判断するでしょう。これがインターネットユーザーが持っているメンタルモデルです。
リンクを表現するなら、このメンタルモデルに合わせてデザインすべきです。逆に言えば、リンクじゃないのにこの表現をするのは、勘違いさせる悪いデザインになります。
他にも画面を閉じるときは「×」ボタンを置いたり、動画を再生するときは「▶︎」ボタンを置いたりします。
スマホが登場した当初、アプリアイコンにはスキューモーフィズム(リアルな物質に似せたデザイン)が用いられていました。誰もスマホアプリを使った経験がなかったので、実際のモノのメンタルモデルを借用したわけです。
しかしながらスマホが生活の一部になったことで、スマホを使うシーンのメンタルモデルが徐々に出来上がってきます。
もはやリアルなイメージに頼らなくても、ユーザーは迷わずアプリを使いこなせるようになりました。そこで採用されたのが、シンプルな要素で構成されたフラットデザインです。
デザインは既に人々の中にあるメンタルモデルに寄せて作られます。全く新しいコンセプトにデザインを施す場合、いったんは既存のメンタルモデルを利用します。さもなければユーザーがついて来れなくなるからです。
徐々にそのコンセプトが市民権を得れば、人々の間に新しいメンタルモデルが生まれます。ここでようやく、コンセプトに合ったデザインへの変更が正当化されるのです。
活用②:顧客のメンタルモデルを理解する
ターゲットとする顧客層が、共通して持っているメンタルモデルを理解することは、マーケティングをする上で重要になってきます。
一つ事例を紹介しましょう。
「ねるねるねるね」のような知育菓子。混ぜると色が変わったり、シュワシュワしたりと、とても楽しいお菓子です。わたしも子供の頃は大好きでした。
知育菓子を最終的に買う判断をするのは保護者です。多くの保護者が知育菓子に持っているメンタルモデルは、「着色料や変な成分が入っている」「体に良くない」といったものでした。
自然界にはない色の食べ物なので、メンタルモデルがNGを出すのは無理もありません。むしろメンタルモデルが正常に機能した結果でしょう。
そこで知育菓子メーカーは、パッケージに「保存料、合成着色料0」と記載することにしました。実は体に悪くないと知り、保護者は知育菓子を避ける理由がなくなりました。
実際にこの施策によって、売上は向上したそうです。
顧客が持っているメンタルモデルを理解することは、顧客と効果的なコミュニケーションを取る上で非常に重要です。
こういう示唆は、机上調査では辿り着けません。デプスインタビューをしたり、顧客コミュニティに入ったり、顧客のリアルな声を聞いてようやく辿り着けます。
活用③:チームでメンタルモデルを共有する
組織内でメンタルモデルが共有されているとパフォーマンスが上がります。「シェアードメンタルモデル」とも呼ばれています。
ここで共有されるメンタルモデルの代表は、組織の行動規範や価値観です。
- どんな馬鹿げたアイデアでも奨励する
- 失敗を恐れない
- 議論で相手を否定しない
- 悪い話ほど早く報告する
- 上司よりもお客さんを優先する
- 定時を過ぎて働くのはイレギュラーだ
といった感じですね。上記はあくまで例です。内容は組織によって異なります。
メンタルモデルが共有されていれば、組織の面々は同じ方向を向いて仕事ができます。コミュニケーションコストが下がり、迅速に行動できるでしょう。
イメージするなら、
- メンタルモデルが共有されていない組織:寄せ集められた傭兵
- メンタルモデルが共有されている組織:統率が取れた正規軍
といったところでしょうか。
リモートワークが増えると、寄せ集められた傭兵のように、組織のメンタルモデル共有がしづらくなります。この点は認識しておきましょう。
活用④:コミュニケーションとメンタルモデル
コミュニケーションをする際、相手はあなたの表情や声のトーン、話し始めの言葉から、これからどんな話をされるのか推測します。
部下が神妙な面持ちで、「先日の商談の結果なんですが…」と話しかけてきたら、上司は「あぁ、失注しちゃったんだな」とメンタルモデルが働きます。
逆に表情やトーンに特徴がなく、いきなり細かい話をされてしまうと、相手は混乱します。どういうスタンスで聞くべきか、どう反応すれば良いのか、メンタルモデルが教えてくれないからです。
スムーズにコミュニケーションをするためには、まず相手に適切なメンタルモデルを持ってもらう必要があります。これもコミュニケーションスキルの一つです。
まずは表情やトーンを話の内容に合わせましょう。そして本題に入る前に、これから何の話をするか宣言します。これにより相手は、適切なメンタルモデルで話を聞けるようになります。
もっと踏み込んだコミュニケーション術は、「【超実践的】コミュニケーションの15のコツを具体的に解説」で解説しています。
メンタルモデルの弊害と克服
メンタルモデルは良い面ばかりではありません。固定観念はときに自分の思考や行動を縛り、可能性を狭めてしまう存在でもあるのです。
固定観念があることによって、日常生活で困ることはほとんどないでしょう。ですが、あなたがビジネスやアートの世界で、斬新なアイデアを閃く上では邪魔なのです。
アイデアを出すためには、固定観念を疑う必要があるのです。
知っている世界しか想像できない
メンタルモデルは過去の体験や記憶からできています。あなたにとっては、あなたが生まれてからの世界が全て。あなたが生まれた後の世界が固定観念になっています。
固定観念を疑えるのは、生まれたとき(実際には物心ついたとき)と現在の差分だけです。わたしはネットがない時代を知っているので、ネット社会の固定観念を疑うことができます。
しかしながらわたしが生まれた時点で、電車やバスやタクシーはすでに普及していました。わたしには東京から大阪まで15日間かけて歩くメンタルモデルはないのです。
こうなってしまうと、電車やバスが当たり前に存在する世界を疑うことは非常に難しい。そもそも疑おうと考えること自体が難しく、仮に頭で疑っても感覚までは掴めません。
これでは電車やバス以外で、移動手段のアイデアを考えるのが難しくなります。
やや荒唐無稽ですが、道路にローラーがついていて、道路の方が動いて人を運ぶアイデアもあり得ます。ですがそういう自由な発想は、固定観念が邪魔をして出てこないのです。
まだまだあります。
水道水が飲めるのが当たり前の日本人は、水道水でお腹を壊すメンタルモデルはありません。当然水道がなくて、何時間もかけて井戸まで水を汲みに行くメンタルモデルもありません。
もっと卑近な例を出すなら、子供がいない人は、子供がいる人の気持ちを理解するのは難しい。食事のメニューや外食の店選びでどれだけ制約を受けるか、子供ありきのメンタルモデルがないと理解できないでしょう。
固定観念から外れた思考をするのが如何に難しいか。少しでも感じ取ってもらえたらなら幸いです。
Z世代とそれ以前の人のメンタルモデルの違い
Z世代と呼ばれる90年代後半以降に生まれた世代は、物心ついた頃にはインターネットがあり、子供のうちにスマホに触れています。デジタルネイティブと呼ばれる世代です。
一方でギリギリ昭和生まれのわたし。日常的にインターネットに触るようになったのは高校生の頃。スマートフォンを持ったのは社会人になってからです。
Z世代はデジタルとの親和性が高く、それ以前の世代では考えられない発想を思いつきます。
例えば、友達や恋人の居場所がリアルタイムにわかるアプリが流行ったことがありました。ネットがない時代を知っているわたしのメンタルモデルでは理解できませんでした。
「あらゆるモノがデジタルでつながっていて当たり前」というメンタルモデルがあるZ世代にとっては、それほど違和感がないのです。
逆に言えば、Z世代はネットがない時代を知らないので、インターネットなしのメンタルモデルがありません。彼らにとってネットとスマホは固定観念。それらがない世界を想像できません。
仲の良い友達の電話番号は暗記しているのが当たり前で、友人の両親が電話口に出るとちょっと緊張する感覚はわからないでしょう。
ヒマな日は何となくフラッと外に出て、偶然会った友達と遊ぶ感覚。日陰に入りたくなって、別の友達の家に突撃してインターホンを鳴らす感覚。きっとわからないでしょう。
デジタルにはないある意味で不自由、ある意味で情緒的な発想を考えられるのは、インターネットがない時代を過ごした人なのではないでしょうか?
メンタルモデルを克服する方法
メンタルモデルを克服し、固定観念を疑うためには、自分が知らない世界に触れる必要があります。
大きく2つの方法があります。
メンタルモデルを克服する方法
- 異文化に触れる
- リベラルアーツを学ぶ
まず異文化に触れるとは、外国人と接したり、年齢が離れた人と接したりすることです。いまの自分とは異なる属性を持った人と交流しましょう。
自分とは異なるメンタルモデルを持っている人と交流すれば、あなたがこれまで当たり前だと思っていた(あるいは気づいてもいなかった)固定観念が、実は当たり前じゃなかったと気がつきます。
そしてリベラルアーツも有効です。具体的には、歴史や哲学、宗教や美術といった人文科学の領域です。
リベラルアーツは若干誤解されていますが、本来は、狭い思考から自身を解き放ち、多様な思考を持つための土台になる知識です。そもそもの目的が固定観念の破壊にあるのです。
一見すると趣味の範疇に見えるリベラルアーツですが、これらを学ぶと、現代人とは全く異なる感覚で生きていた人々がいたことに気がつきます。
お金に信頼が置けなかった時代もあれば、国という概念がない時代もあります。呪術が現に存在すると考えられていた時代もあれば、キリスト教を信じなければ罪に問われた時代もあります。
歴史は過去の出来事からベストプラクティスを学ぶためと思われがちですが、それは1番の目的ではありません。「今の社会が、どれ一つ取っても全く当たり前じゃない」と気づくことが1番の目的なのです。
異文化交流にしても、リベラルアーツにしても、実践するにはハードルが高いかもしれません。裏を返せば、みんながやらないので、実践した人は漏れなく希少な人材になれるでしょう。
社会人の学びに「この2つ」は絶対外せない!
あらゆる教材の中で、コスパ最強なのが書籍。内容はセミナーやコンサルと遜色ないレベルなのに、なぜか1冊1,000円ほどしかかりません。
それでも数を読もうとすると、チリも積もればで結構な出費に。ハイペースで読んでいくなら、月1万円以上は覚悟しなければなりません…。
しかし現代はありがたいことに、月額で本読み放題のサービスがあります!
外せない❶ Kindle Unlimited
Amazonの電子書籍の読み放題サービス「Kindle Unlimited(キンドルアンリミテッド)」は、月額980円。本1冊分の値段で約200万冊が読み放題になります。
新刊のビジネス書が早々に読み放題になっていることも珍しくありません。個人的には、ラインナップはかなり充実していると思います。
外せない❷ Audible
こちらもAmazonの「Audible(オーディブル)」は、耳で本を聴くサービスです。月額1,500円で約12万冊が聴き放題になります。
Audibleの最大のメリットは、手が塞がっていても耳で聴けること。通勤中や家事をしながら、子供を寝かしつけながらでも学習できます。
冊数はKindle Unlimitedより少ないものの、Kindle Unlimitedにはない良書が聴き放題になっていることも多い。有料の本もありますが、無料の本だけでも十分聴き倒せます。
ちなみにわたしは両方契約しています。シーンで使い分けているのと、両者の蔵書ラインナップが被っていないためです。
どちらも30日間は無料なので、万が一読みたい本がなかった場合は解約してください(30日以内であれば、仮に何冊読んでいても無料です)。
そして読書は、早く始めた人が圧倒的に有利。本は読めば読むほど、複利のように雪だるま式に知識が蓄積されていくからです。
ガンガン読んで、ガンガン知識をつけて周りに差をつけましょう!
とりあえず両方試してみて、それぞれのラインナップをチェックするのがオススメです!